2.

 土曜日すっ飛ばして、日曜日。

 俗に言う、つがいの繁殖期ことクリスマス・イブ。

 そんな縁などないけれど。

 時刻は間もなく零時を指す。

 人通りは多すぎず少なすぎずで、時折、残業帰りのサラリーマンや、援助交際のカッブルらしい人たちに変な目で見られる。

 補導されないといいのだが。俺もそうだけど。

 一応コートと手袋は着て来たものの、首周りがどうにも寒くてしょうがない。

 手も、それなりに冷たいが、こちらは途中で買った二本の缶コーヒーで難を凌いでいる。

 街の中心のだだっ広い公園へと、自転車─銀メッキのマウンテンバイクだ─を滑らせて、待ち合わせ場所の時計塔付近へ停車させた。

 鍵を念のため二つかける。

 もう一台、マウンテンバイクが壁に寄りかかるようにして停められていた。

 黄色いフレームで、小型。

 恐らく、否、絶対に沙花のものだろう。

 ついこの間まではママチャリだったというのに、買い換えたというのか。

 しかもマウンテンバイクに。

 俺への挑戦かッ!

 「……まぁ、別にMTBに拘ってるわけじゃないけど」

 ぼやいて、時計塔の中へ。

 

 ──チン。

 エレベーターで一息に最上階。

 先に来ていた沙花は、時計盤の扉から外を見ていた。

 コートにマフラー、防寒完備は万全のようだが、手が寒いのかはあっと息を吹きかけている。

 隣に並び、同じように外を見てみた。

 零時だというのに、街はまだ明るいままだ。

 日出ひいづる国も今では日沈まぬ国である。

 時代の変化。

 真白な子供が、汚れた大人に成長するかのような、そんな変化だ。

 「ちわっす」

 外を見たまま沙花が言い、

 「……ちわっす」

 俺が返す。

 「馴れ馴れしくしないで」

 「酷くないかっ!?」

 「ちなみに、『ちわっす』とは、『おはようございます』『こんにちわ』『こんばんわ』の複合です。『おはこんばんにちわ』と同意語です。テストに出ます」

 「そんなテストは嫌だ」

 「他の問題が出来てても、この一問で落第・進級が決まりますから、がんば」

 「お前は心視先生か」

 「ところで遅刻したのだから、なにか後で屠って欲しいわ」

 奢るだろ、奢る。

 正直、それほど似てはいない。

 まぁもっとも、俺は前もってこの事を予測していたわけで、缶コーヒーを買ったわけなんだが。

 「それなら、ほら、缶コーヒー」

 「……」

 放った缶コーヒーを、黙って受け取る沙花。

 「次は……、甘いカフェオレにして頂戴」

 「次があればな」

 「機会は作るものよ」

 「自分で作れよ!」

 呆れつつ、プルタブを開け、その黒い液体を少し飲む。

 熱い、が、飲めなくは無かった。

 沙花の方は、猫舌なのかおずおずとした風に飲んでいる。両手で飲むその姿は、存外可愛らしい。元がいいだけに。裏を返せば、元がいいから。可愛いは正義とは正にこの事なのかもしれない。

 飲もうとする度、湯気で沙花の眼鏡が曇る。それをうざったそうに目を細める。 

 これもある種の、幸福な時間なのだろうか。

 別にコイツに恋してるわけではないけれど、こんな時間がずっと続けば良いのにと思う。

 見ていると、ふと思い出した様にこちらを向いた。

 驚いて危うく缶を落とすところだった。

 「……念のため言っておくけれど、これでチャラにはならないから」

 「わざわざ買ってきてやったのに!!」

 「ラーメン奢って。冬はやっぱりラーメンよ」

 「ち……わかったよ、奢るよ」

 「やったね」

 地味に喜ぶ沙花。

 いや、無表情が常だから、喜んでいるのかどうかなんて、言葉でなければわからない。

 抑揚の無い声。

 だからか、言葉はストレートなものだ。

 嫌なものは嫌。

 好きなものは好き。

 言葉どおり。言ったとおり。

 「で、本当にサンタなんて眉唾もん現れるのか?」

 「先輩も会ったって言うんだから、平気よ」

 先輩、ね。

 「沙花サン、念のため聞くけどさ、どの先輩に聞いたんだ?」

 「全員よ、全員。ゆっき先輩、迅速先輩、ハナちゃん先輩、つーやん先輩、あと九頭先輩。それがどうかした? 軌修クン」

 「いや、一人にしか聞いてないのかと思った」

 「そこまで馬鹿じゃないわよ。馬鹿にしないで、馬鹿のくせに」

 情報の正確さを聞いただけなのに、どうしてこうも馬鹿にされないといけないのか。

 世の中は、不条理だ。

 「そういえば、ヤミコさんには?」

 ふと気になったので聞いてみる。あの人も先輩と言えば、先輩だ。

 「あ……、忘れてた」

 薄情な奴。

 「ま、経験者に聞いたんだし、平気よ」

 「俺は具体的な話聞いてないけどな?」

 「待ってれば此処に来るって。後はサンタに聞けって」

 アバウト過ぎだよ、先輩。

 気づけば、時刻は零時十五分過ぎ。

 一向に、サンタの気配はしない。

 ……目立っちゃ駄目なんだろうけど。

 「何分?」

 「今、十五分くら──」

 「黙って。なにか聞こえる」

 人に時間聞いといて、そりゃねえよ。

 「ほら、耳を澄ましてみなさい」

 「カントリーロードでも聞こえるのか?」

 「コンクリートロードはどうかと思ったわ」

 兎も角。耳を澄ましてみると、どこか遠くで鈴の音が聞こえた。

 シャンシャンという鈴の音。

 徐々に近づきたるその音に混じって、まるで車のエンジン音のようなものが。

 「外」

 沙花に促され、扉から外を見ると、向こうの空から何かが来る。

 「……なんかグラサン付けた赤い人が来るわね」

 ポケットに仕舞える程度の、小型の望遠鏡のようなもので沙花をその何かを見ていた。

 「あと、銀メッキのトナカイみたいな乗り物に乗ってるわ」

 冗談じゃねえと思い、それを借りると。

 「……」

 「……ね?」

 うん。出来ることなら見たくなかった。

 丁寧に髭までついてら。

 「手を振ってみましょう」

 言うよりも早く、ぶんぶんと手を振る。

 するとどうだろう、なんと赤い人も手を振り返したではないか。

 「……振り返してくれたわ」

 「見てたよ」

 「じゃあ、この空き缶でも投げつけてみましょう」

 「やれよ。そしたら墜ちたアレから盗るもん盗って、とっととズラかろうぜ」

 中の人なんていないと冗談交じりに思っていたのに、ソコでは本当に中の人なんていない事になってたみたいな気分だった。

 いるんだよ、確かに、中の人は。

 なのにソコでは、誰もがいないと言うんだ。

 裏方の人までもが。

 卒業記念に校舎の壁に絵を描いたら、全力で壊しに来たような、そんな夢の終わりが俺の中で起こっていると言っても過言ではなかった。

 

 

 

 

 扉の前で、銀のトナカイが空中でホバリングをしているのを傍目に、俺と沙花はサンタと会話している。

 と言っても、たった今自己紹介が終わったところで本題はこれから沙花が聞くのだが。

 サンタは、赤い服と帽子を着、付け髭を付けた子供だった。子供のように見えるだけで、そりゃもう長い時を生きているのかもしれない。見た目は子供、頭脳は大人というわけだ。

 所謂、ショタ系だろうか。

 ただ問題は──

 「それで、サンタさん、ゲームってどんなものなの?」

 「黙れ年増。旬なんて中学生までなんだよ」

 どうやら趣味が偏っているようだった。

 見た目はショタ、頭脳はロリコンというわけか。

 「おい、兄さん。そこの変な兄さん、とりあえずアンタ代わりに僕と話せ。年増と話す事に比べたら、隕石を押し返す事の方が心底マシに思えるんだよ、僕ァ」

 高校生を年増だなんて、サンタ少年、恐ろしい子!

 つぅか、変なってなんだよ。

 「……ねぇ、ボクぅ? キミは本当にサンタなのかしらぁ?」

 目が笑っていない。

 それじゃあどんな猫なで声を出したところで、猫はおろか虎まで逃げ出してしまうだろう。

 「年増、話しかけんな。それと今の見てたんだから、聞くまでもないだろ、これだから年増は。それに比べて中学生は実にいい。あの発展途上な肉体、たまらないよね。

 見たところ、成熟した身体じゃないようだけど、成長していない体でもないけど、やっぱ年齢は大事だからね。登場人物は全員二十歳以上とか、無いと困るしね」

 「──〜〜〜!!」

 どこかの血管が、ぶちぶちと切れる音が聞こえた。

 それでも手を出さない沙花に、俺は今拍手を送りたい。

 ……俺の時は遠慮しないくせにな!

 「それでお兄さん、年増はほっといてゲームの説明をしようか」

 「あ、ああ、頼む……」

 隣から放たれる黒いオーラなんて、気にもしていないように、サンタ少年は話し始める。

 「まぁ、去年此処に来たのは先代なんだけどね。凄い筋肉質の人だったよ。憧れたね」

 サンタにも世代交代なんてものがあるのか。

 意外や意外だが、案外、永遠の時を生きるというのは彼らにとっても難しいことじゃないのかもしれない。

 「今はベガスで楽しく遊んで暮らしているらしいよ」

 「死んだわけじゃねえのかよ!」

 「勝手に殺すなよ! いいじゃん、サンタがベガスにいたって! その前はハワイだったんだからな! アロハシャツ着たマッチョだったんだからな!」

 「サンタがそんなくそ暑い所に行くなよ!」

 「サンタは別に寒い所の生き物じゃねえよ!」

 ますます夢が壊れた感じだ。マッチョの時点で大分壊れてたけど。

 「兎も角、話を戻すけど、ゲームってのは単なる鬼ごっこ」

 「鬼ごっこ?」

 「朝五時になるまでに、僕の身体に触れることができたら、キミたちの勝ち。もしくは、僕が全てのプレゼントを配れなかったら、キミらの勝ち」

 妨害か、捕獲のどちらか。

 簡単な話ではあるが、簡単に出来る事ではなかった。

 足がまず、空飛ぶトナカイなんだ。こちらが不利どころの話ではない。

 普通に考えて、勝てる話じゃあない。

 「ま、普通にやっても勝てないだろうから、僕は自分の足で配るよ」

 そんな俺の考えを読んだかのように、少年は付け加えた。

 「あの荷物を持ってか?」

 逆に今度は、こちらに有利に傾いた気がする。こっちには、自転車があるんだから。

 「だーいじょぶだいじょぶ。それに、ほら、難易度は高い方が燃えるじゃん。燃えたいんだよ、僕ァ」

 「……ま、そういうことなら、それで」

 「決定だね。それじゃあ、今から三十分後。一時開始ね。時間になったら、ここの大鐘を鳴らすから」

 「近所迷惑だなっ!」

 じゃ、と一言残して、サンタ少年は再びトナカイに乗って遠い空の彼方へ消えてしまった。

 後に残ったのは、俺と、今にも破裂しそうなほど空気を入れた風船だった。

 

 もっとも、風船と言うよりはフグだったわけだが。

 猛毒。

 

 

 

 

 「ああっ、もうっ、本っ当に今時のガキンチョってのはムカツクものね。軌修クンもそう思うでしょう? ねえ」

 お前も大分ムカツクキャラしてると思うけどな。

 なんて、とてもじゃないが口が裂けても言えなかった。

 「それよ「それよりもだって? 軌修、ふざけるんじゃあないわよ。私が、このわ・た・しが馬鹿にされたのよ? それも年増ですって? 貧乳ですって? 待って待って待って、高校生よ、華の女子高生にむかって年増はないでしょう? 胸だって着やせしてるからだし、バランスは悪くはないわ。うん、悪くなんてないんだから。うん、悪くない悪くない。大事なのは個々よりも全体のバランスよね。そうは思わない? 軌修クン?」

 年増よりも胸のダメージの方がでかいようだ。

 「あー、ハイハイ、ソウデスネ」

 どうでもいい事だ。

 少なくとも、今は。

 「どうでもいい事のように言わないで。大事な乙女の問題よ」

 乙女なのかよ。むしろ悪魔。

 「解った。解りましたよ、部長殿。とにかく今は、作戦を立てましょう」

 「そんなの簡単よ」

 おや珍しく考えがあるのかと関心したのも束の間。

 「改造エアガンで撃つ。怯んだ所を踏ん捕まえて、殴る。

 あと女子高生の良さっていうものを体の隅々にまで教えさせてあげるわ。もう二度と女子高生以外じゃ欲情できない体にしてくれるわ!」

 作戦もなにもなかった。

 「勿論、私の体は汚さずに!」

 女の子が、汚れるとかそういうことを言うな。

 「そんなわけだから、まずは私の家へ行くわよ。お父さんの趣味で改造ガンが山のようにあるから」

 いい趣味してるよ、相変わらず。

 

 時計塔公園から、自転車で十分くらいのところ。

 俺の家とは真逆のところに、銃郷邸は在る。

 広くもなく狭くもない、中流家庭の家だが、その地下には親父さんの趣味のモデルガンがある。

 その中から、くすねたエアガンを改造し、威力を増した銀玉を撃てるようにしたものを、幾つか沙花は所持している。

 いつだったか、空き缶三つを縦に並べて一直線上から穴を開けたことがあった。

 エアガンとしてそれが普通なのか否か、詳しくない俺には判らないが。

 ……あれは、痛かった。額の皮が少し剥けた。

 「ささ、あがりなさい」

 招かれて、沙花の部屋。久々にあがったが、女の子らしかった。

 地味というか、必要最低限のものしかないのかと思ってたので意外だった。

 「これとこれと、後これかしら」

 あ…ありのまま今起こったことを話すぜ!

 『そこそこに美人の女のベッドの下に、大量のエアガンが収納されていた』

 な…、何を言っているのか、わからねーと思うが、俺も何を見たのかわからなかった。

 頭がどうにかなりそうだった…。

 エアガンの改造が得意だとか、実は刃物派だとか。

 そんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ。

 実に恐ろしい沙花の片鱗を味わったぜ……。

 「本当はガス式が良いのだけれど、さすがに盗れないのよね。それか競技用かしら。玩具程度じゃあねぇ。ま、目を狙えばいいものね。
 ああ、ちなみにどれもフルオートよ。便利でしょう? ベレッタとコルトとシグ」

 「……ふぅ、ん」

 詳しくないし。というか、昔見た事が─……撃たれたな、これに。

 「後、軌修クンが私の自転車を漕いでくれるかしら。その後ろに私が乗るわ」

 「了解」

 「はい、コルト」

 手渡されたそれをコートの内側に仕舞う。

 「あら、なんか今の動きは様になるわね」

 「そりゃどうも」

 あまり嬉しくはないが。

 「ふふ、それじゃあ、後はこれね」

 「なんだそれ?」

 再びベッドの下から取り出されたそれは、なにかの画面のようだった。

 「発信機、付けたから。あのガキに」

 「んなっ、何時の間に!?」

 「話してる間」

 「そんな素振りなかったぞ!?」

 「気づかれたら駄目だもの」

 元CIAか何かか、この女っ。

 「これを自転車のハンドルの所に付けるから、これ見ながら追って頂戴」

 「……」

 「返事は?」

 「サーイエッサー」

 この女とヤミコさんにだけは、逆らってはいけないのだと思い知らされた瞬間であった。

 「そう。じゃあ、早速──、

 零崎ゼロザキを始めて仕舞いましょう」

 「西尾っ!?」

 「零崎逆織さかおり。これと言った得物はなく、徒手空拳が主。無名ながらもその実力は高し」

 「作んな作んな!」

 素手の殺人鬼とか勘弁。

 「零崎って言うのよ、本当はね」

 「さっちゃん!?」

 「さっちゃんって、体が半分だからバナナを半分しか食べられないのよ」

 「そんなホラー持ち出すな!」

 ちなみに、この話を聞いた人は一週間内にさっちゃんに■されます。

 「貴方は零崎究識きゆうしきね」

 「何故に究識!?」

 旧式? 旧識?

 「考えるな、感じろ! いいえ、考えることさえ赦さないんだから」

 「横暴過ぎだろ!」

 どこの魔術師だよ、それは。

 兎も角。いつまでも、そんな話を続けてはいられない。

 時刻は間もなく、深夜一時。

 カチリカチリと時計の針が、廻る。

 廻り廻って、くるくる廻り。

 ゲーム開始のゴングが、

 今、

 

 ──鳴り響いた。

 

 「それでは、戦争を始めましょう」

 それだけは御免だ。

 

 

 

 

 ローラースケート。或いはインラインスケート。

 それは、合成樹脂製のウィルと呼ばれる車輪に相当するものを専用のプレートにつけ、更にそれを靴に取り付けて地上を走れるようにしたものだ。

 紅い色の、ローラースケートのようなものを、サンタ少年は履いていた。

 否、カタチが酷似しているだけで、それは厳密にはローラースケートとは言えない。

 自転車と同程度、或いはそれ以上のスピードで街を駆け抜けているそれは、まるでエアトレック。

 全力で自転車を漕いでも、縮まらない差にイラつきは隠せない。

 やるからには勝たなければ。

 それが俺の、数少ない正常な矜持。

 「このガキッ、卑怯じゃないのそれは!?」

 住宅街で、パンパンパンとエアガンの乾いた発砲音が聞こえる。

 これ以上ないほど近所迷惑であるが、それを注意する輩もいない。

 果たしてそれは、時代の変化故なのだろうか。

 それとも、この一夜の為の不可思議なのであろうか。

 「痛ぁっ! うっせぇ馬鹿、年増! テメェも玩具以上のもん使ってんじゃねえか! 五分だ五分!!」

 いや、ソレを見たらコッチの方がまだまだ玩具だろう。

 改造エアガンと、エアトレックもどき。

 現実から抜きん出る事の出来ない単なる玩具と、架空とも言える世界から持ってきたマジックアイテムにも似たソレ。

 五分とは言えない。

 言えない筈なのだけれど。

 「年増年増言うんじゃないのよーっ!!」

 エアガンを二挺構えて、ひたすら連射。

 サンタ少年の後頭部を無数の銀玉が掠めていく。

 「チィッ、外した!」

 盛大な舌打ちと共にMTBの籠─大量の弾倉を入れる為後から付けた─に空になった弾倉を投げ入れた。

 「次、早く!」

 玉の入った弾倉を肩越しに手渡す。

 ガチンとエアガンに装填する音が聞こえ、一瞬後には再び銀玉の嵐が再開した。

 先ほどから、それの繰り返し。

 状況に変化はない。

 むしろ、このまま続ければこちらが不利か。

 玉が尽き、俺の体力が尽きれば、サンタ少年は自由にプレゼントを配る事が出来るわけだから。

 いや、そもそも、不利か有利かで語れば、そんなものはこのゲームに関係はない。

 ゲームマスターたる『サンタ・クロース』が不利になるような事は到底有り得ないわけで、一番初めはこちらが有利かななんて思いはし たが、結局、サンタ少年はあんな秘密兵器を持っているわけで、『玩具』という枠に於いて、何世代も先を走っているのだからアレ以上の何かを持っている事も否定出来ない。あくまで禁じているのは、トナカイのみ。

 勝ち目なんてのは、最初から零だ。

 だから、ルール。捕獲か妨害のどちらかによる勝利。

 ここで選ぶべきは、捕獲だ。

 妨害の現状では、到底勝てる事など出来ない。

 弾が尽きれば、妨害も不可能なのだから。

 この街で鬼ごっこをするなら、先回りこそが定石。

 そして運良くも、この発信機。

 此処まで場を揃えて置きながら……。

 「おい、沙花」

 「なによ」

 「先回りだ」

 返事を聞くよりも早く、適当な角を曲がった。

 プレゼントを配り始めて間もない今ならば、ぱっと見だけでも解る、子供の居る家の辺りで張り込みさえすれば容易にあれを捕らえることもできるはずだ。

 「ちょっと待ってよ。待ちなさいよ、軌修クン」

 「なんだよ沙花サン」

 「まだまだ時間はあるでしょう? 勝ちを狙いに行く必要なんてないわよ」

 「勝つ以外の目的が、このゲームにあんのかよ」

 勝って、貰える物を貰って、それで終いだろうよ。

 「──楽しもうよ、軌修」

 儚い声音だった。

 懐かしい声音だった。

 何の演技も入っていない、素の銃郷沙花。

 「ね?」

 果たして俺は、いつから変わったのか。

 一体いつから、楽しむ事を忘れたのか。

 そして、どうして、こいつは変わらないのか。

 停滞する事を拒み。

 退屈を嫌い。

 全力で生きているこいつは、何故変わらないで。

 静かな水底に居る俺は、何故変わったのか。

 あぁ、いや、違うか。

 変わったわけじゃあないのか。

 ただちょっと、歪んだだけだ。

 俺も、沙花も。

 純真な頃はもう戻らない。

 けれど、楽しむくらいの余裕は取り戻そうか。

 銃郷沙花とならば、何をやっても楽しくてしょうがない。

 そう思っていた昔のように。

 「……」

 自転車を止める。

 「? ……軌修?」

 小首を傾げた沙花に、俺は言う。

 「本当に楽しむなら、自転車コレエアガンソレも、いらないだろ?」

 驚いたように目を見開くも、すぐさま沙花はにこりと笑い。

 不敵でも、邪悪でもない、普通の笑顔で。

 「行こう、軌修!」

 俺の手を取ったのだった。