1.
中央にはまるで英国、と言わんばかりの時計塔が
かつて、此処には七人の仙人たちが居たという伝説はない。
過度な期待は禁物であることを学んで頂ければ幸いだ。
だが、しかし、この町は恐らく、中々の不思議話の宝庫であろう。
時計塔に住まう黒マントの男。
七不思議のある七つの学校。
辻惑わせ。
その他にも百はあるんじゃないだろうかと思うほど、色々な話がある。
尤も、統一性のない話ばかりが行き交いしていたりもするのだけど
男だったり女だったり。
条件にもプラスマイナス。
親友にして悪友にして幼馴染のある女曰く、
「そんなもの、誰かが情報操作してるに決まってるじゃない。モノホンなんて、危険だもん」
では仮にそうだとして、次なる問題はその『誰か』だと思うのだけど。
どうやらそちらには関心がないらしい。
まぁ、それもそうか。
今の時期はクリスマス。
この町で実しやかに語られる、そちらの話に彼女は夢中だ。
曰く、
この町には常々、本物のサンタが現れ、子供たちにプレゼントを配っていく。
というものだ。
高校生にもなって、サンタはないだろと流石の俺も思ったが、口に出したりはしなかった。誰だって、自分の身は可愛いだろ?
バンッ、とホワイトボードを盛大に引っ叩く音がした。
俺は静かに、読んでいた本からそちらに目を移す。
心底楽しそうな顔をした、ポニーテール少女がそこにはいた。
次いで、背後に書かれた文字を見る。
『クリスマスのテーマ。噂に聞くサンタを、捕らえ』
後は体が邪魔で見えない。
前文も見えなければよかった。
少女は何も言わず、眼鏡の奥からこちらを見つめている。
……俺に惚れた、わけがない。
こちらの反応を待っているようだ。
だが断る。俺は再び読み掛けの本に目を落とした。
分厚い本だ。
眼鏡の魔法使いが魔法学校に入学して、悪の魔法使いをやっつける感じのお話だった。
やっつけるのだろうか。なんだか、こいつは道を外しそうな気がする。
今読んでいるのは五巻だが、やはり二巻がピークだと俺は思っている。
ちなみに俺の所持品ではない。こんな重い本を学校に持ってくるなんて、一体この女は何を考えて──よくよく見ると図書室のものだった。部屋の隅に置かれた本棚を見やる、三分の一は図書室のもののようだ。
有名な作品が多いのは、嫌がらせだろうか。この世の中心で叫ぶような作品とか。後で怒られとこう。
さて、続きはどれだけぐたぐたになるんだろうか。
ページをめくる。
……キャラが多いと、辛い。覚えるのも一苦労だ。そんなこと、放棄しているけど、もう、とうの昔に。
「ねぇ、
「どうした、何か用か?
静かに、怒っている気がする。
確実に、怒っている気がする。
着実に、怒っている気がする。
「わたしがどうして怒っているか、軌修クン解りますか?」
「いえ、先生、解りません」
「はい、先生です。そうですか、ああ別に解らなくても結構です。とりあえず、お部屋の隅でガタガタ震える用意はいいですか?」
どうしようもなく、怒っていた。
困った事にも。
「ところで部長。そのホワイトボードは?」
仕方なく、話を逸らした。
昨日までは、そんなホワイトボードはなかったはずだ。
「どうも、部長です。パソコン部に貰っちゃった。てへっ」
入手経路は聞いてないし、広くも無い部室が狭い部室にまでクールダウン、もといランクダウンしている。
「書いてある事の方を聞いているのですよ、部長」
なんで丁寧語なのか、俺よ。
「あら、軌修クンて字読めない程お馬鹿さんだったっけ?」
「内容の方の説明を」
「なんでもかんでも説明を求めているようじゃ、まだまだ一流にはなれないわよ」
眼鏡を叩き割ってやりたかった。
昔から変わらない、何かにつけて人を罵倒する癖。入学当初、ちょいワル女に絡まれたりもした程、口が悪い。最後の方には泣いて謝ってたっけ、相手が。一応、容赦の仕方は、心得ているようだけど。相手は選んでいるようだけど。
仕方なく、本を机に置く。
そして。
「……シカトしてすみませんでしたー」
居直って、頭を下げた。
「悪いと思ってます。もうしませんから、部会を開いてください」
「謝って済むのなら警察はいらないわ」
「ご尤もです」
「むしろ、罵倒してくれて有難う御座いますくらい言いなさいよ!」
「それはご免だ!」
俺は決してドMではない。
口が裂けても言うものか。
「まぁ、こんなオシドリ問答みたいな事、続けてもしょうがないわね」
押し問答。
「では、これより、『七仙町怪談部』の部会を始めます。点呼ー、一」
「二」
部員二名。通称、アヤクラ。怪談部、怪部、アヤカシクラブ、略してアヤクラ。
明日には無くなっててもおかしくない程の弱小部だった。
校則では、五名を切った時点で廃部なのだが、色々と手回しをして今まで持ち続けてきた。
せめて、先輩方が卒業ギリギリまで居てくれればまだ良かったのだが。
夏を過ぎたら、引退。運動部ではないのだし、生産性もない部活。仕方の無い事だった。
「で、折角のクリスマスにも調査をする気なのか?」
「イエスマム」
誰だよ。
「色気のない部活だな」
「怪異に色気を求めてもしょうがないじゃない」
年中こんな調子で、男性経験零。
それに付き合ってる俺も当然……あれ、目から汗が。
「? どうかした?」
「いや、なんでも」
訝しむ沙花。
でも直ぐに気を取り直して。
「そ・れ・で。サンタの話は知ってるわよね?」
「一般的なものはな」
「この町にはねぇ、昔から伝わる話があるのよ」
俺にも見えるように、沙花はホワイトボードの前から退いた。
そしてそのままぐるりと机を迂回して、俺の隣に腰を降ろした。
「この町には、本物のサンタが現れるらしいのよ」
馬鹿馬鹿しい。
そう思って笑い飛ばすと鉄拳が飛んでくるので俺は言わないし、この夏あった事を考えると、この町にはそういったモノの存在をアリにしてしまう魔力のようなものが、ある。
その前から、何かは在ったが。
あの夏が決定的ではあった。
「危なくはなさそうだけどな」
所詮はサンタ。
「颯爽と現れては、子供たちにプレゼントを配るそうよ」
「すっげえ普通じゃねえか」
「そんなことないわよ。曰く、」
・筋肉隆々のマッチョである。
・トナカイが実は機械だ。
・普通の三倍。
・グラサン、あるいは仮面をつけている。
・結構速い。
・プレゼントの質が高い。
・時計塔を旋回しているのを見たことがある。
・トナカイにはレーザーがついてる。
・ロリコンなんじゃね?
・人類最強
「危険じゃないけど危なくないか!?」
仮面とかグラサンとか三倍とかロリコンとか。
ロリコンは犯罪だぞ。
大体、マッチョなサンタなんて見たくない。レーザーとかも、ないないない。
夢与える存在が、むしろ夢を壊したよ。
「赤鼻のトナカイなのよ? 機械なら皆納得ものじゃないの」
「納得できるかよ! 千歩譲って、レーザーはいらないだろ!」
「ばっかねぇ。敵にプレゼント奪われたらどうすんのよ」
「どんな悪の秘密結社!?」
「子供たちから夢を奪って、汚い大人だけの世界を作ろうとしてるのよ」
「何もしなくてもそうなるけどな!?」
嫌な世の中だった。
「兎も角。このサンタをひっ捕らえて、プレゼントを全て戴こうと思います」
「幻影旅団並みの凶悪さだな!!」
「……別にサンタのプレゼントを奪いつくしても構わんのだろう?」
「構わなくなんかないから!」
というか、お前、マジ外道。
「実は、毎年の行事らしいわ」
「ウチの?」
「見事捕まえられたら、スペシャルでマッチョなプレゼントをくれるって先輩が言ってたわ」
「マッチョなプレゼントってなんだよ!?」
フィギュアか? マッチョフィギュアなのか!?
「いいじゃないの、マッチョ」
「実はマッチョ属性なのか!?」
「いいえ、執事属性です」
マジかよ。
「普段細身で、いざって時には、ムキムキ筋肉で服を破るとポイント高」
「やっぱ筋肉じゃん!」
「筋肉なめないで欲しいわね、某少佐を見なさい。美しいじゃないの」
出来れば一生理解したくない世界だ。某錬金術師好きだけど。
親バカ少佐が死んだ時には泣いた。
「私は鋼がいっとう好きよ」
「筋肉じゃないのかよ!」
「筋肉なんて、暑苦しいだけだわ」
吐き気がする、と吐き捨てるように言う。
「まぁ冗談だけど。本当は、筋肉は、嫌いじゃないわ」
「もう……どっちでもいいけどさ」
疲れる。こいつの相手は。
「で、今年はメンバーが二人だから、少し不利ね」
「先輩誘ったらいいんじゃないか?」
「馬鹿ね、部活行事よ。部外者が
確かに、そうなのかもしれないけれど。
「それに、二人っきりで楽しみなさいと言われました」
先輩方、気の遣い方を間違ってます!
「というわけだから、明後日に、また」
「え、そんな直ぐだっけ」
ケータイを取り出し、カレンダーを見る。
十二月二十二日。
確かに明後日にはイブだ。
つまり今日はイブイブイブだ。
「そんなこと言ってたら、一ヶ月前なんてイブが三十ぐらい付くわ」
「ごもっとも」
それはそうとて、
「待ち合わせは?」
「二十四日、時計塔のてっぺん、十二時に」
「了解しました、部長」
「遅れないでね、部員」
そんなこんなで、本日は解散。
沙花はとっとと帰路に着き、俺は図書委員の
六法全書の脅威を、頭部で感じるという貴重な体験をしました。