死神 -Fall-
私は、死神だ。
人の命を、やすらかに痛みなく天上へと導くもの。案内人。
そう言えば、多少は聞こえが良いかもしれないが、実際はただの殺戮人形だ。
休みなく来る上の命令に従い、淡々と無情に、酷々と非情に、人間を殺す。
そのためだけに、私は
ある日。私は一人の少女に出逢った。
四方を「白」に染められた部屋に、彼女は
彼女は病気だった。
治るには、遅すぎた。
長くて、一年余りの命。
彼女もそれを知っていた。
彼女は強かった。
誰よりも強く在った。
私なんか足元にも及ばないほど。
だから最後まで、笑顔だったんだ。
・・・・・・・・・・・夢、か。
嫌な夢を見た。もう一年経つというのに。
まだ、記憶から離れない。
まだ、引き摺っている。
助けることなど、出来やしなかったのに。
未だに、『助けられたかも』なんて、幻想見てる。
無理なのは、あの時も、今も、これから先も、同じなのに。
私は、神じゃない。死神なんだ。
無理なんだよ。誰かを救うなんてこと。
判れよ、私。
判ってくれよ、頼むから・・・・・・。
もう、あんな気持ち、嫌なんだよ・・・・・・。
なのに・・・・・やっぱり判れない。
───────ジリリリリリリリリリッ。───────ジリリリリリリリリリッ。
電話・・・・・・・家電か。
ベッドから下りるのが面倒だから、放っておく。
───────ブツッ。
切れた。
───────リリリリリリリリリッ。───────リリリリリリリリリッ。
今度はケータイ・・・・・・・・しつこい。
仕方なく、近くにあったそれを手に取り、通話ボタンを押す。
「はい。
仕事だった。
気が進まない。
────────だがそれでも、行かないわけにはいかないんだ。
時刻、午前二時二十八分。
今私が居るのは、電光掲示板の上だ。
周囲には私の他にも、黒いマントのようなものを羽織った者たちが居る。死神だ。
時計に目をやる。
「あと、十秒──九──八──七──六──・・・・」
五──四──三──二─・・・・一。
刹那響く、ブレーキ音。そして金属同士が激しく擦り合う耳障りな音。
──────爆発音。
瞬く間に、バイパスは火の海だった。
助けを求める者。
痛みで泣き叫ぶ者。
傷を負いながらも家族や友人、仲間を助けようとする者。
もう既に─────死んでいる者。
私の眼下で、人間が、混乱に陥っている。
そんな様を冷たく見る私。
いや、違う。
きっと今の私はとてつもなく悲痛そうな表情をしているのだろう。
今にも泣きそうな。
あの日の様な。
哀しい、顔を。
─────────全てニセモノだったら、どれだけいいか。
──────はんっ。
さあ──────仕事だ。
悩むのは、後にしろ。
今すべきことを──────最優先に。
自分の事は二の次以下だ。
ほら、見ろ。もう他の連中は動き出しているぞ。
さあ、鎌を振るえ。
死んだ者の魂を狩り。死に逝く者を安らかに。あるべき処へ、還す。
血色の手が、鎌を振るう。
出来るだけ早く。出来るだけ痛みなく。
そう、出来るだけ。
出来ることなら、やらなきゃ。
やらなきゃ、いけない。
私にしか、出来ないことだから。
だから──────
苦しんで苦しんで苦しんで。
悩んで悩んで悩んで。
それでも、やらなきゃ。
一時間後。仕事は終わり帰宅した。
・・・・・・疲れた。精神的にも肉体的にも。
やめとけば、よかっただろうか。
もう遅いけど。
────────ふと、思う。
明日は、何日だ?
カレンダーに目をやってみた。
・・・・・・・・・今日の日にちも、覚えていない。実に優秀な記憶力で。あぁ、いや。というか明日はもう今日なのか。
つまり昨日の日にちが解ればいいわけで。
・・・・・・・・・・・・・・・。
パソコンを立ち上げる。
画面の端には、八月十七日と表示されている。
ああ、なるほど。だからか。
だから──────、あんな夢を見たのか。
明日───今日───が、彼女の命日だから。
命日にして、誕生日。
・・・・・・・・・・実に、優秀な記憶力で。───は。笑える。
仕方ない、明日の仕事は全てキャンセルしておこう。
手早くマウスを動かし、メールを起動。
適当な文書を打ち込み、送信。
さてと。寝るかな。
眠りにつくと、またあの夢を見そうだけど。
でも、別に嫌じゃないから。
彼女のことは、好きだったから。
──────好き、だから。
呪いたくなるけど。
殺したく、なるけど。
でも、好きだから。
だから、嫌いだけど。
だから。
嫌いで──────憎い。
☆★☆★☆★☆★☆
次の日。
八月十七日。彼女の命日にして誕生日。
今日。私は夏休みを利用して、彼女の墓参りをすることにした。
彼女が死んだときから、ずっとご無沙汰だったわけだけれど。
果たして、綺麗なお墓であるのだろうか。
それが不安だ。きっと、不安の必要などないのだろうけど。
彼女は、家族に愛されていた。
友人にも、恵まれていた。親友と呼べる人も、いた。
でも、彼女は拒絶した。
─────悲しんでほしく、ないから。
そう言って。
気付くとあと一つで、彼女のお墓がある『
バスを降りると、むわぁっとした熱気に体を覆われた。バスの冷房が恋しい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・熱゛ぃ」
言ったら余計、暑くなった。
日差しがとても煩い。変な表現だけど。
仕方なく、鞄から帽子を取り出す。白色の鍔の広めな帽子だ。無理やり押し込んでいた所為か、ちょっと皺になっている。
気に入っていたのにな。
少し後悔。
歩を進める。
幾つもの墓石とすれ違い。
迷わず。
阻まれず。
進む。
そして─────、一つの墓石の前で立ち止まった。
見つめる。
そこに刻まれた、罪を。
────────
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・」
苦しい。
心臓が、締め付けられるような感じだ。
今にも、つぶされそう。
呼吸ができない。耳鳴りがする。
目が、熱い。
涙が流れ出る。
頬を伝い、コンクリートの地面に落ちたそれは、呆気なく蒸発した。
でも、あとからあとから。
止め処なく。流れ出る。
膝がガクンと折れ、その場に、跪いた。
感情が、あふれ出す。
堰を切ったように。
枯れた泉に、水が満ちる。
「──────────────ッ!!!」
止まらなかった。
止められなかった。
声をあげて、わんわん泣いた。
目が潰れてもかまわない。
喉が潰れてもかまわない。
石畳を拳で殴りつけ。擦りつけて。
ひたすら泣いた。
狂ったように。
壊れたように。
心が悲しみに、侵されて。
心が憎しみに、犯されて。
─────私が泣くなんて、間違っているんだ。
そう、間違っている。
─────私に泣く資格なんて、ないんだ。
そう、資格なんてない。
判っていたけど。
止まらなかった。
──────私は、弱い。弱すぎる。
「あー・・・・・・・・・・熱いねぇ。美稲」
墓にもたれ掛かり、呟く。
当然。返事はない。
「まだ八月だっていうのにねぇー。あ、そだ」
カバンの中をごそごそと漁りながら立ち上がる。
「ん、っと」
取り出したミネラルウォーターを、墓の上から半分ほどかけた。
「どお? 少しは涼しいっしょ」
ついでに私も一口。
「んー・・・・それにしても」
チラリと墓の周りを目を細めながら見る。
「綺麗なお墓だね」
雑草もしっかり抜いてあるし、墓自体もつやつや。
一応掃除道具も詰めてきたのだが、無駄だったようだ。
「まだ一年しか経ってないし、当然か」
空を見上げる。
日差しがとても強い。
「・・・・・・・ねぇ? やっぱり、怒ってる?」
・・・・・・・・・・。
「そりゃそうだよねぇ。私、なーんも出来なかったもんねぇ」
・・・・・・・・・・。
「ま、怨まれても・・・・仕方ないよね」
・・・・・・・・・・痛い。
「・・・・・・・・・・私は、死神なんだから」
あの日から、ずっと。
「昨日の玉突き事故で、沢山の人を殺したのも私」
デートに向かっていた女の人を殺したのも、私。
「幼稚園生くらいの男の子を殺したのも、私」
人が良さそうなおばあさん殺したのも、私。
他にも、たくさん。
たくさんたくさん。
たくさんたくさんたくさん。
たくさんたくさんたくさんたくさん。
たくさんたくさんたくさんたくさんたくさん。
たくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさん───────、殺した。
私が。
この手で。
そして───────。
「美稲を殺しちゃったのも・・・・・・・私、なんだよ」
殺しちゃった、なんて。まるで殺す気がなかったみたいだね。
うるさい。
殺す気、あったでしょう? だって貴女は死神だもの。
うるさいうるさいうるさい。
なかったなんて、奇麗事。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。
いつまでも、偽るなよ。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい──────ッ!!
────────。認めろよ。
ヒト殺しだ。
そんなこと─────、認めてたまるか。