喫茶店聖夜

 

 この間まで輝いていた無邪気な空は、すっかり落ち込み暗澹とした空に移ろってしまい、今にもちらちらと白いものを篩い出しそうだというのに、人々はこれっぽっちも憂鬱な風ではなく、街は賑わい笑い声が色んな所から聞こえる。

 子供たち、恋人たち、親子に、友達。

 仲良さそうで幸せそうだ。

 そんな彼らを尻目に、僕は急ぎ足で家に帰るところだった。

 腕時計を見る。

 既に時間は一時半をまわっていた。

 デートの待ち合わせは一時だから、かなりの遅刻だ。待ち合わせ場所に着くのは二時になるだろうか。

 こんな大事な日に限って、ケータイを忘れるだなんて……。

 そもそも遅刻症だし。

 今日だって家を出たのはギリギリだ。遅れそうと伝えようと思ったらケータイがないなんて。

 ……彼女、怒ってるだろうなぁ。

 寒いし。どこか温かいところで待っててくれるといいんだけど、律儀なんだよなぁ。

 ……急ご。風邪引かれたら困る。

 


☆☆☆

 


 公園のベンチに座って、辺りを見渡す。

 結構人がいた。

 今日はクリスマス、きっとみんな待ち合わせしてるんだろう。

 あ、あそこの人、相手の人来たんだ。私が来る前からいたもんね。よかったよかった。

 時間が経過するに連れて、一人だった人が二人になってどこかへ去る。

 肩や腕を組む恋人同士の姿を私は、羨ましいなぁなんて思いながら見ていた。

 はぁっ、とため息一つ白くなって消えた。

 そりゃ、キミは遅刻魔だから今日だってどうせこうなるとは思ったよ。でも、音信不通はないんじゃない?

 こっちから電話かけても出ないし、そっちからもしてこないし!

 公園の時計を見上げると、もう待ち合わせ時間を三十分も越えていた。

 いつもなら、だいたい十分だけど、今日に限ってこんなに遅いのはわざとか。

 一時間くらいなら待つけど、時間潰しの本もすっかり読み終えちゃった。

 待ちぼうけ。退屈。

 私はいつも五分前に来ているのに、どうしてキミはそんなに遅刻するかな。

 愛情が足りないんじゃない?

 今日こそは、そこんところはっきりさせてやる。

 

☆☆☆

 

 ケータイを手にとり、俺は真っ先に彼女の番号に電話をかけた。

 何度目かのコールの後、ガチャと繋がった。

 「あ、もしもし!?」

 「ただいま、電話に出ることが……」

 留守電かよ!

 あー、そういえば彼女は基本的にマナーモードにしてるんだった。 しかもサイレント。そりゃ気付かないですよねー。

 「ピーッという発信音の後に、メッセージをお入れ下さい」

 ピーッという発信音。

 直ぐに早口で僕は言い訳する。

 「もしもし? 俺、宏輝だけど、いや、実はね? 今日こそは余裕だったんだよ! だってクリスマスだし! だけど思わぬ事態が発生したと言いますか。遅れてしまいました! ごめんなさい! 絶対行くから! 会いたいんです! だから、どこか温かいところで――」

 「これ以上、メッセージを入れる事ができません」

 待ってて、と言おうとしたら無機質な声に遮られたけれど、あれでも充分だよね。

 早く行こう。

 んでもって、面と向かって謝ろう。

 「愛情っていわゆる信頼関係だと僕は思うんだよね」

 どこかの店内から零れた、ラジオのDJはそう言った。

 ……これで信頼関係壊れる事も、あるんだよな。

 もう遅刻はしないようにしよう。マジで。

 

☆☆☆

 

 喫茶店の中は、外に比べてよっぽど暖かくかと言って暑すぎるなんて事もなく、実に適温だった。ラジオから流れるジャズが気分を落ち着かせてくれる。

 テーブル席から見える外の世界は、どこか切ない印象だった。

 グレーの町並み。グレーの空。

 暖かさではなく、冷たさがそこには在った。

 人間を取り除いてしまえば、それしかもう、なくなるのか。

 マスターは人の良さそうなおじ様で、一見客の私にも柔らかな笑みを浮かべてくれた。

 お店自体は小さいけれど、凄く綺麗で居心地がよかった。

 私の他にも、カップルが二組いて、たの、しそうだなぁ……。

 馬鹿。もう二時半じゃないのよぅ。

 「……お客様、ご注文は如何なさいますか?」

 マスターが、私の雰囲気がよろしくないことを悟ってか、遠慮がちに注文を取りにきていた。

 申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 「え…と、ホットココア下さい」

 「かしこまりました。すぐにお持ち致します」

 言うと、マスターはカウンターへと入った。

 やっぱり、コーヒー頼めばよかったかな。喫茶店なんだし。

 そういえば、彼はブラック派なんだよね。子供っぽいのに。

 「お客様、ココアをどうぞ」

 気付くとマスターがカウンターに戻ってきていた。

 「あ、ありがとうございます」

 ココアが置かれる。

 「どうぞごゆっくり」

 ふーっと冷ましながら、ココアを啜る。

 「……おいしい」

 自然と感嘆の言葉がでた。

 甘さ控えめ。けれど、苦くはない。ミルクとの割合も絶妙だ。

 ココアに詳しくない私でも、その上品さがわかる。

 ちょっと得した気分。

 彼が遅刻しなかったら、こんなに美味しいココアは飲めなかっただろう。

 少し、許してやるか。

 我ながら現金だとは思うけど、それに――。

 「……えへへ」

 さっきの留守録を思い出して、つい顔が綻んでしまう。

 あんなに必死だと、愛されているんだと実感させられた。

 気遣かってくれてるみたいだしね。

 「……えへへへ」

 やばい。にやけ面がやめられない。

 やっぱり、好きなんだなぁ。

 すっかり怒りが収まってしまった。

 気付けば、ラジオはジャズではなくトーク番組になっていた。

 恋愛相談のコーナーだろうか。

 「喧嘩も何も悪い事じゃないと思うんだよね。愛情を試す試練みたいなものでさ。喧嘩して、呆れて、それでも好きでいられる人がいるっていうのは、とても幸せな事だと僕は思うなぁ。羨ましいくらいですよ」

 恋人と喧嘩してしまった人からのお便りみたいだ。

 なるほど。喧嘩するほど仲が良い、みたいな考え方か。

 私も彼とよく喧嘩する。

 けれど、どこか嬉しいのは互いが好き合っているから、嫌なとこも、私とは違う考え方でも、それを受け入れているから、嫌いにならないから。

 もしかしたら、そうなのかもしれない。

 ますます、顔が緩んでしまった。

 私たち、きっと幸せだ。

 今まで普通だと思っていたけど、普通だからこそ幸せなのかもしれない。

 小説みたいに、彼が死んでしまうとか、不幸な出来事を乗り越えてとか、そんなものよりずっと大事なんだ。普通の幸せっていうのは。

 不幸な恋愛は、感動できるけど、それは普通の幸せがあるから。

 全ての恋愛が小説みたいだったら、私には堪えられないや。

 ずっと幸せに。

 お互いにとって、お互いの存在が幸せでありますように。

 

 ――カラン。

 

 扉の鐘がなる。

 遅刻魔さんのお出ましだ。

 私は、精一杯不機嫌そうに、にやけ面を封殺して言う。

 「遅いよ! 馬鹿!」

 「本っ当に! ごめんなさい!」

 彼は、頭を深く下げて、謝りながら花束を差し出した。

 流石に、面喰らう。

 まさか、ここまでしてくれるなんて。

 私なんかのために?

 まるで、漫画みたい。

 でも……うん。

 

 本当に──、愛されてるんだなぁ。

 

 嬉しいや。凄く。

 

 

 

 だから。

 

 

 

 「んー……許す! 特別に!」
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────BGM:謝罪状況/angela

遅刻魔:傘原宏輝(さんばら ひろき)

乙女:華花葉瑠(はなばな はる)

 

 

あとがき

毎年恒例、クリスマス小説です。

今年で、二回目ですかね。

計三作目……かな?

今作は、モチーフがあるのでそんなに悩むことなくさくさくと進みました。

出来は、そんなに悪くないと思いますが、どうでしょう。

中々どうして、過疎サイトなので、人に聞きたくても聞けないのが残念です。

プレゼントに花束って、女の子としてはどういう感じなのでしょう。

一番気になるそこんところを聞けないのが特に痛いかな。

真っ赤な薔薇の花束は、嫌だよねぇ、多分。

一応こいつが渡したのは薔薇ではありません。

ユリ系を中心とした花束です。うん、ごめん、今決めた。

……うわぁ、今なんか花束調べてたら、クリスマスプレゼントに貰いたくないプレゼント一位は花束とかいう記事見つけた。

私は何も見なかった! これでおっけい。

ではでは。皆様、よいクリスマスを。