新本格昔話
究極侍桃太郎

 

 

 

 或所に、まだまだ現役だぜと言わんばかりに、若い男女が居りました。

或る日、男は山へ芝刈りへ。女は川へ洗濯へ行きました。

 女が川で洗濯をしていると、河上から、どんぶらこどんぶらこ、と大きなカブが流れてきました。

 女はカブの漬物が大好物であったので、何の疑いもなく株を引き上げ家へと帰りました。洗濯物を川に忘れてきたけれど、気にも留めていませんでした。

 「ねぇアンタ?」

 「なんだいお前さん?」

 「今日、川でこんなにも大きなカブを拾ってきたよ。どうにも切るのに骨がいりそうだから、アンタが切っておくれよ」

 「いいだろう。俺に刃物を持たせた事を後悔するといい」

 「やっぱ自分でやる」

 結局、女が株を切る事となった。

 普通の包丁を使うのは忍びなかったので、鉈を取り出して一刀両断。

 すると、中からは珠のような赤ん坊が飛び出してきた。

 「アンタ、どうするよ、この赤ん坊」

 「そりゃ育てるだろう」

 「名前はどうする?」

 「桃太郎しかないだろう」

 「いや、カブから生まれてきたし。“しかないだろう”って言うほど選択肢も絞られてないし」

 「でも蕪太郎は無いだろう」

 「じゃあ、いいよ、桃太郎で」

 投げ槍に名前を決めはしたが、二人はとんと子供が出来ずに寂しい思いをしていた為、桃太郎をうんと可愛がった。

十余年が経った。

「おい、糞爺」

「なんだ、糞餓鬼。親にそんな口聞くんじゃねえ」

「桃太郎なんて名前付ける親なんて嫌だ」

「いつまでも根に持ってるんじゃねえよ、女々しいなぁ。なぁ、お前さん?」

「そうだよ桃太郎。良い名前じゃないか桃太郎。こりゃ桃太郎凄く良い桃太郎じゃないか」

「桃太郎連呼すんじゃねえ!」

実はこの桃太郎。幼き頃から周囲の会話を理解していて、当然名づけられた瞬間も解ってはいたのだが、如何せん言葉を発する事が出来ずに悔しい思いをしていたのであった。

「まぁ、いい。とりあえず俺様は、鬼退治に行く」

「ふぅん。ちゃんと土産買ってこいよ」

「私は鬼ヶ島名物、鬼饅頭がいいわ」

「んなモンねえよ!」

 

こうして桃太郎は鬼ヶ島へと旅立ちました。

 桃太郎こと(ざん)()桃太郎と、山を越え谷を越え、また山を越え谷を越え、三つの村を「鬼退治に行くから何かくれ」と略奪に次ぐ略奪をし尽くして、時折会う旅人からは容赦なく金品を奪い、、鬼ヶ島が見える海岸沿いの漁師からは大層な船と豪華な食事を貰い受けて、その優遇さを三日三晩味わいつくした後に、ようやっと鬼ヶ島へと向かったわけだが、この桃太郎、最悪だ。

 その浜辺にて、偶然三匹の動物を見つけた桃太郎は、「鬼を退治して誰もが安心できる住み良い世界を作らないか?」と満面の人畜無害そうな笑顔を振りまいて、イヌこと犬塚(いぬづか)(はがね)と、キジこと鳥々(とりどり)神子(みこ)と、ただの猿を一行に引き入れた。

一日と半日を経て、鬼ヶ島へと降り立ったが、早くも三匹(と言っても猿は所詮猿なので、実質二匹)は後悔していた。

船に乗るや否や、桃太郎の真の姿、そのあまりの傍若無人ぶりに心身ともに辟易してしまったからだ。

が、しかし、結果として鬼の被害が収まるならばと、己が運命を受け入れた。

 

鬼ヶ島。そこは、噂に聞いていたものとは全く違っていた。岩ばかりで、連日連夜鬼どもがドンチャン騒ぎをしている無法地帯、そう聞いていた。

 なんと、鬼ヶ島が遊園地がごとく変貌しているではないか。

 流石の桃太郎も、これには驚いた。今までどんな事が起ころうとも動じる筈がないと己を信じていたが、この時初めて桃太郎の心は動揺していた。

 表情には出さない。それだけは矜持が許さない。無心に還る事で、動揺を押し殺した。

「キーッキーッ」と猿が勝手に騒ぐ中、他の三人がこの状況について話し合う。

「とりあえず、犬。どう考える」

「罠に決まっているだろう、腐れ侍」

「では、次に神子」

男に厳しく、女に甘く、猿は無視した。

「某も罠だと思います」

「ふむ。解った。突撃しよう」

『なんで!?』

二人、もとい、二匹の声が重なる。

『罠だと解っているのに突撃する奴があるか! 馬鹿だってそんな事はしない!』

「知るか。俺様は馬鹿でも凡人でもない。この世で究極唯一の桃太郎だぞ? 罠など嵌った所でどうということはない」

暴君、桃太郎。

「キーッキーッ」

鳥々神子が言う。

「鬼も見当たりませんし、もう少し様子を見ましょう」

それに犬塚鋼が同意し、渋々ながらも慎重さを尊重している桃太郎も同意した。

船の中でもう一晩過ごした後に、何の変化も見られなければ侵入する事とした。

 

夜が明ける。世界は黄金色に輝き、遊園地と化した鬼ヶ島は相変わらず遊具の音しか聞く事が出来ない。

一体鬼はどこから来て、どこへ行ったのか。人間もまた、どこから来て、どこへ行くのか、永遠の謎である。

「さて、諸君。俺様は破壊が大好きだ」

「黙って。お願いだから黙って」

遊園地内。桃太郎は、とりあえず財宝が欲しいだけで、鬼が見当たらない今、更地にでもすればどうにかなるだろうと楽観かつ危険思想を実行せんとしているのだが、流石にそうもいかない。

他二匹にとっては、鬼を退治しなければ此処まで付いて来た意味がなくなる。もし、鬼がまだどこかに潜んでいる、あるいは此処ではないどこかに居るならば、退治しないわけにはいかない。そして、鬼ヶ島が遊園地になっていたというのも、気持ちが悪い事だ。

猿にとっては、そもそも昨夜の時点で皆に美味しく頂かれたのだから、どうでもいいことだ。

遊園地を中ほどまで進むと、噴水のようなものがあった。

「む。止まれ」

「どうした、犬?」

「何かいるぞ」

噴水の傍に人影が見えた。

「鬼ではないのか?」

「違うみたいだ」

犬塚鋼の嗅覚は鋭い。

その鋭い嗅覚が鬼ではないという以上、他の二人もそれに納得するしかなく、とりあえずもう少し近づいてみる事にした。

段々と影がハッキリとしてくる。

大きな耳。

真っ黒な肌。

白く大きな手袋。

まるで、そう、ネズミのよう。

ソレはやたらと甲高い声で。

「ははっ、僕、ミ──」

「死に曝せ!」

一跳びでネズミとの距離を零にした桃太郎は、間髪いれずに抜刀。ソレの胴体を上下両断する。

二つに別れた体は、塵となり空を舞った。

「……俺は何も見なかった」

「……某も」

 

結局、一日探し回って、見つけられたのはネズミとイヌとアヒルだけで、鬼はもとより虎のパンツすらも遊園地内にはなかった。

「財宝はどこだ! 財宝は!」

刀を振り回して激昂する桃太郎。

周囲の遊具が次々と壊れてゆくのもお構いなしだ。

「おい、腐れ侍。いい加減刀を収めろ」

「ふざけるなよ! 畜生の分際で、俺様に意見などするな!」

「しかし、桃太郎殿。刀を振り回しても現状は変わりませぬ」

「それもそうか。神子は賢いな」

女の言葉は素直に聞く。

それが桃太郎である。

刀を収めて、桃太郎は地べたに座った。

それに倣い、二人も座る。

「さて、ところで今、何か声が聞こえた気がするのだが?」

「聞こえたか?」

「いえ、某は全く」

二人の答えに「ふむ」と頷くと、桃太郎は再び刀を抜き、近くの遊具にその刃を振るった。

「痛っ!」

するとどうだろうか、遊具が悲鳴をあげたではないか。

犬塚鋼と鳥々神子は、驚き顔を見合わせた。

「さて、貴様、何物だ?」

桃太郎が遊具へと話しかける。

刀を突き刺しながら。

端から見れば、頭のネジが飛んだ人だが、遊具はきっちりと答えを返してきた。

「痛っ。痛いって。まじやめてよ。俺ァ、あれだ、この島の鬼だよ」

「ほぅ。何故このような奇怪かつ奇抜で愉快な姿に?」

「知らね」

「そうか。では、財宝の在りかを言え」

鬼がどうなろうと心底てどうでもいい、むしろ都合がいいくらいだという風な口調で、桃太郎が問う。

だが、鬼は答えなかった。

三分間の沈黙を破ったのは、桃太郎だ。

「では、此処を更地としよう」

「や、言うからっ。仲間は勘弁してくれっ」

「ならば、早くしろ」

ドスの聞いた声で促す。

なんという俺様主義であろうか、他二人が話しに交わる隙もない。

「じゃあ、俺たちを元に戻したら言うってことで」

「いいだろう」

なんと意外にも、そう答える桃太郎。

だが、すぐさま。

「土に戻るのと、遊具として生きるのと、どちらがいい?」

と、極上の、もとい兇悪な笑顔と共に、そう訊ねた。

「元に戻してくれたら、めんこい娘もくれてやるぞ」

「……それは、どんな娘だ?」

どうしてこうもコロコロと態度が変わるのか。

「緑の髪をしていてだな、電気を操り、麦藁帽子を被って、釘バット持って、語尾が“〜だっちゃ”だ」

「却下」

「何故!?」

「色々混ぜすぎだろ」

「それを言われると正直痛いけど、可愛いんだぜ」

「面倒だしいいわ」

「じゃあ、いいよ。もうお前帰れよ。財宝はあれだ、噴水んとこに埋まってるから」

「ありがとう。もし、無かったらまた聞きにくる」

桃太郎は刀を収めて立ち上がった。

「え、マジで行くの? お前どう見たって天邪鬼体質だろ。引き下がるなよ」

「知るかよ」

「さっきはつい『知らね』とか言ったけど、本当は魔女の所為なんだよ。ちょっと退治してきてくんねぇ?」

「どこに居るかも解らんのにか」

「とりあえず西に行け」

「オーケィ。帰る」

「いやいやいやいやいや! マジでちょっと退治してきてよ」

「冗談じゃねえ」

吐き捨てると、桃太郎はスタスタと歩き出した。

二人は座ったまま、呆然と遊具、鬼を見つめている。

「貴様ら、行くぞ?」

「いや、ですが」

「天罰だ。今までしてきたことの報いだろう? 同情の余地などない。労せず鬼が消えてくれて助かったではないか。偽善はやめろ。世が腐る」

「……」

二人は反論出来なかった

鬼は今まで人間を脅かしてきた。

そんな鬼を自分たちは討伐しに来た。

だというのに、此処で今、鬼たちを助けたいなどと言うのは、我侭(わがまま)でしかない。

だが、二人の心は納得出来なかった。

桃太郎に、そんな事を言われたのが、なによりも納得できなかった。

「じゃあ、手前もろくな死に方できねえな」

「桃太郎殿の死は、鬼らよりも悲惨でしょう」

そう言った。

 

──「ああ、違いない」

 

その後、財宝を見つけた一向は、それらを山分けして、桃太郎は主に自分の為、イヌとキジは、世の為人の為に、自由に使いましたとさ。

めでたし、めでたし。

 

 

 

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