六月『教会』
〜大切なモノならば〜
遠く町外れに在る森の中。
その中心に、教会がある。
管理する者はもういなく、とうの昔に朽ち果てた、過去の遺物だ。
「ま、こんな処に来るのは、悪魔か物好きな人間でしょうね・・・」
溜息混じりに独り呟くと、私は教会を見上げた。
日の光に目を細めながら、今にも堕ちてきそうな十字を見つめる。
そしてまた一つ、溜息。
「はあぁぁぁ・・・・・・」
大きく深く。ゆっくりと。
肺の中のものを吐き出す。
それを終えると活を入れるために、自分の両頬をパシンッと軽快に叩(はた)いた。
ちょっと・・・いや、かなり痛かった。
頬を擦りながら私は、一歩一歩教会の扉へ近づく。
扉の前まで来る。
扉は実に汚れていて、出来ることなら触りたくなどない。
だが此処以外に入り口はないだろうし。あったとしても、そこも同じよう汚れているだろう。
溜息。
気付くと最近、溜息ばかり吐いている気がする。
いや、ここ数年か。
──おっと。このままだと余計なことに手が届きそうだ。
気を取り直し、扉に手を掛ける。そしてゆっくりと押す。
────ギイイィィィィ。
と軋んだ音を立てながら。扉が開かれた。
途端。むわっと。カビと埃が混じった薄汚い臭いが鼻をつく。
「ケホッ。ケホッ。うぅ〜・・・・。埃っぽぃ〜〜」
埃が目に沁みる。
とりあえずは、窓を開けないと。
そう思い私は、汚れで外の見えなくなった窓を全て開け放つ。
埃がある程度出るまで、外に出ていることにした。とてもじゃないが、居られない。
ついでと言ってはなんだが、一度家に戻り雑巾やらなんやらを持ってきた。
再び訪れた教会は、ある程度埃っぽさが抜けていた。それにしたってマスクがなければ苦しいが。
さて。掃除を始めよう。
「って、なんで私が・・・・・」
思わず本音が漏れてしまったが、それでも掃除をしようという突発的な気持ちが消えない私は正直偉いと誇ってみる。
でもそれを褒めてくれる人がいないなと、虚しくなった。
「でも私は掃除をやめない! 何故なら──、そこに教会があるから!」
別に綺麗好きというわけではないのだが・・・。
何時間経っただろうか。
外はもうすっかり夕方だ。
綺麗になった窓から流れ込む日光が美しい。
ここまでするのに結構な時間をかけただけはある。
教会は今や、元通りとは言わないにしても、そこそこ綺麗な状態だ。
とりあえず、床は寝そべっても気にはならない程度に綺麗だし、窓も外が見えるまでには綺麗だ。
「んー・・・・・」
床に寝そべったまま伸びをする。
「気持ち良いっ」
ぐーーーっと、体全体を伸ばす。
足がつりそうになった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・ふぅ・・・・・」
伸びをやめ、溜息と共に天井──いや、虚空へと、手を伸ばしてみた。
そこには当然なにもなく。
私はなにも、掴めなかった。
目を閉じて、想い浮かべるのはあいつの背中。
戻ってくると笑いながら消えた、あいつの背中。
掴むことをしなかった、あいつの背中。
私の中には、あいつが残っていた。
中途半端に、残っていた。
辛いけど、残しておきたかったから。
「・・・・・・・・・」
よっ──と、体をバネのようにして立ち上がる。
スカートを叩いて、出口へ。
扉まであと五歩。そんな距離まで近づいた途端。
──────バァァァン。
と、大きな音を立てて扉が開いた。
驚いて尻餅をついてしまった。だが立ち上がるよりも先に私は、光の中眼前に立っている人物を睨みつける。
「ねえ、キミっ! そんな風に開けたら危ないじゃないのっ!」
クスリ、という嘲笑い声が聞こえた気がした。
「よお、希深。久しぶりだな」
聞き覚えのある、声だった。
「相も変わらず汚いとこだな、此処は。まあ、
そうこの声は──────
「んん? もしかして俺のこと忘れちまったか? いやいやまさか。それはないな」
忘れるわけない。
「となると・・・・感動の再会に声も出ないのか?」
・・・・・・まさか。そんなわけ。
「・・・・・・・・・・・・・・のよ」
「は? よく聞こえな────」
「だからっ! どの面下げて帰ってきてんのよっ!」
私は怒鳴った。
「連絡ぐらい寄越しなさいよ!! 私がどんな気持ちで待ってたと思ってるのよッ!!」
今までほったらかしにされた。
「口だけでほんとは私のことなんかどうでもいいんだ!! ただの幼馴染程度にしか思ってないんだ!」
その鬱憤を晴らそうと、怒鳴った。
「私だってそうよ!! ほんとはあんたの事なんか! あんたの・・・・・事なんか・・・・・」
それも徐々に小さくなって。
「あんた・・・・なんか・・・・・」
その代わり。
ココロの中で膨らむ。このキモチ。
「ぅ・・・・・ぅぅ〜・・・・・」
涙が自然と溢れてしまう。
「・・・ばかぁ・・・・どうして・・・もっと・・・・もっと早くっ・・・・帰って、こなかったのよぅ・・・・・・。寂しくなんか・・・なかったけど・・・・けど・・・。心配は・・・・したんだから・・・。」
「あー・・・・悪かった悪かった」
まったく悪気のない彼の声。
その声がとても懐かしくて。
「・・・・・・帰ってくるにも・・・・連絡しないで・・・・・。」
「あーよしよし。俺が悪かったから泣くなって」
頭を、撫でられる。
「・・・・・・・ぁ」
久しぶりの温もり。
もう大分前から忘れていた。
彼の、温もり。
でもこんなんじゃ・・・・・空いた時間は埋まらないんだから。
もっと・・・・・もっと・・・・・。