クリスマス・イブの日に

 

 

小さく、遊具も砂場と滑り台のみと言う落ちぶれっぷりで、近所の子供すら遊びに来ない廃れた公園。

でも、誰もいないからこそ、ゆっくり落ち着けるから。

私の秘密の場所だった。

冬の日に公園なんて、可笑しいかもしれない。

でも、家にいたってつまらない。

クリスマスだって言うのに誰もいない空っぽの家なんて―――空虚なだけだ。

だからこの場所に来た。

この公園の孤独感が、私の孤独感とシンクロして、多少はマシにしてくれるかもしれないと感じるからだ。

コンビニで買ったサンドイッチとカフェオレを持参して、公園で朝食を摂るつもりだった。

それから、たそがれる。

我ながら無駄な時間の過ごし方だと思うが、これくらいしかやることはない。ほかのことをやる意欲も気力もない。

そう。その予定だった。

―――それ・・が存在しなければ。

それは寒空にさらされた公園に倒れていた。

それは明らかに、人間と言えるものの形をしていた。

現代日本で若者が行き倒れ?

まさか。まさかだ。まさか自分の秘密の場所に、行き倒れ少年が倒れているとは思うまい。

思わずそこら辺に落ちていた枝を拾ってつついてみる。

だが、感じるのは確かな感触。夢幻ゆめまぼろしなどでは決してなかった。

(どうしよう……)

ここは無視するべきだろう。と言うか常人なら普通に無視だ。ここから立ち去るのもいい。自分の予定を邪魔されたのは癪だが、行き倒れと空間を共有するほどの大事でもない。

「あの……食べる?」

散々考えたのに、気が付けばサンドイッチを差し出して、声をかけていた。

孤独に飽き飽きしていたからなのか、行き倒れに遭遇したと言う非日常的な事柄が自分の感覚を狂わせたからなのか、はわからなかったが、とにかく気付けば声をかけていた。

「う……ん……」

「お、おぉ……。生きてる」

死んでると思ってたのか自分、と適度に突っ込みを入れてから、ゆっくりと起き上がる行き倒れを見守る。

「ここは……」

行き倒れの正体は少年だった。年齢はおそらく自分と大差ない。はねっ毛が面白いくらいに特徴的な、穏やかそうな少年だった。

「貴女は?」

「私? 私は望乃のぞみの かなう。要望の『ぼう』に貴乃花の『の』に、願いが叶うの『かなう』ね」

あれ。何、行き倒れに自分の名前。しかも丁寧に漢字まで教えてるんだろう、私。もしも彼が“死の筆記帳”でも持ってるものなら、殺されてしまいかねないのに。

……まぁ、彼がそんなものを隠し通せるほど頭の切れる人間には見えないから大丈夫だとは思うけど。

「ところで、アンタの名前は?」

とりあえず自分だけ名乗るのは不公平なので、彼の名前も問いただすとしよう。

「僕ですか? 僕は、さん―――!」

笑顔でそう口走ったまま、少年は固まってしまう。

「三?」

怪訝そうに私が繰り返すと、少年は苦笑いになる。

「三がどうしたってのよ。何、何か言えない訳でも!?」

語調を強くすると、彼は苦笑いしたままでやっと答えた。

「さん……三太夫さんだゆう……」

……ぷ。

「……ぷっ。あはははは! 三太夫!? 何かの冗談じゃなくて?」

「そ、そんなに笑わなくても〜」

「で、苗字は? 笑楽亭とか?」

間髪入れずにそう訊ねる。そ、それにしても三太夫って……あはは!

「えっと……あ。く、くろ、黒須くろすでした! 残念!!」

「なら黒須亭三太夫ってことで」

「はい?」

「冗談よ、冗談。……ぷっ。あはははははは!」

少年、黒須三太夫の名がツボにはまってしまった私は、その後数分間、延々と笑い続けることになった。

 

 

「で、何でこんなところで行き倒れてたの?」

サンドイッチ(タマゴ、ハム、サラダ)とカフェオレを平らげた黒須三太夫に訊いてみる。仮にも私は彼の命の恩人(?)だ。それぐらいは訊く権利があるだろう。

「行き倒れたからです」

「詳しく」

「お金がなくて、行き倒れました。ご迷惑おかけしました。申し訳ございません」

「よろしい」

行き倒れと知り合いになっちゃうなんて無茶苦茶やってるな〜私。とか、あぁ〜ご飯食べ損ねちゃったな。とか、そんなことを考えていると、三太夫が私に声をかけてきた。

「驚きました?」

「驚いたなんてモンじゃないわよ。まさか現代日本に行き倒れがいるとは思わなかったわ」

「ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして。……褒めたわけじゃないんだけどね」

そんな阿呆な会話を交わしつつ、少しまったりとしていると、またまた三太夫が先に話を振ってきた。

「何か恩返し……できないかな?」

突然そんなことを言い出す。勿論、私はびっくりだ。脈絡のないのにも程がある。

「い、いやいや! 何かできれば、の話なんだけど」

多分驚いていた私の顔を見てか、慌ててフォローを入れてくる。

「そうねぇ……今日一日、付き合ってもらおうかな」

言ってて自分自身、少し驚く。

今日知り合ったばかりの行き倒れと遊びにいこうだなんて、正気の沙汰ではない。

……けれどその反面、それに納得している部分もある。

正直私は暇なのだ。今日だって時間の浪費の為にここへ来た。

それに三太夫には何か暖かいものを感じる。そんな気がする。

実際、自分でもそれが正しいのかどうかは分からない。なんとなく、と言った程度。こう言うのを本能って言うのかな?

とにかく、三太夫から悪いものは感じない。それが直感的に私の警戒を和らげていたのか。

思えば三太夫と言う名前を聞いた瞬間からガードが下がって……ぷっ。や、ヤバイ。思い出し笑いが……あはは!

私は脳内暴笑を必死で抑えながら三太夫に目をやる。

すると三太夫は大袈裟に驚いていた。

「つ、付き合う!? そんな、僕達まだ出逢ってほんの少ししか……」

「違う! どこか遊びに行きましょうって話。交際なわけないでしょうが」

「ま、ベタなネタだな」

「そうね」

ね、ネタかよ! とかもっと突っ込みたい気もするが、ここは軽く流そう。うん、それがいい。

「でも、僕となんかで本当にいいのか? クリスマスって言うのは基本的にカップルで過ごすものじゃあ……」

……で、デリカシーがないなぁ、この男は。

「う〜ん。2,3人の人とは付き合ったことあるけど、どうもしっくりこないのよね。一緒にいてもあんまり楽しくないって言うか」

そう、楽しくない。

彼氏にどんなに優しくされても、私には偽善っぽさが感じられてしまう。

自分の為に優しくしているって言う感じが堪らなく嫌なのだ。

それが私には耐えられない。だから長く続かない。

我ながらとんだ我侭女だと思うが、それに耐えられないのだから仕方がない。

その反面、家族と言うのはいい。

自分の利益などお構いなしに、家族を本気で愛せる。

だからクリスマスに限らず、お祝いは家族で過ごすのが一番好きだ。

他の誰かと過ごすとか、一人で過ごすとか。そう言うのは……正直、辛い。

だから今年は―――辛い。

「―――それに、クリスマスは家族で過ごすのが私は一番好きだしね。……まぁ、今年はそれも叶わないんだけど」

最後の一文を言った瞬間に、三太夫の顔が暗くなるのが分かった。

……私も人のこと言えないな。十分デリカシーがない。

そして三太夫。彼は、お人よしだ。

「……あ、あはは。しんみりしちゃったわね」

重い空気。うっ……これはこれで辛い。

「さ、行きましょう。行き倒れと遊べる機会なんてそうそうないわ」

「……ひ、酷いなぁ〜、人を行き倒れ扱いだなんて」

私のネタ振りが功を奏したか。やっとまともな空気が吸える。

「事実そうでしょうが! ……さぁ、行くわよ」

「喜んでお供いたします」

 

 

 

 

「……ん」

「起きた?」

「ふぇ?」

寝ぼけ眼の私に、誰かの後頭部が話しかけてくる。

「全く、叶さんたら途中で寝ちゃうんだもの。驚いたよ」

そうか。確か私は、ちょっと疲れたから。とベンチで休んで三太夫に自動販売機でお茶でも買ってきてくれるよう頼んだのだっけ。

そこから後の記憶がない。おそらくその時に眠ってしまったのだろう。

よくよく辺りを見回すと、太陽はもう西の空に中ほど沈んでいた。

「……ん?」

「どうしたの、叶さん」

………………。

「うわぁあぁああぁ〜〜〜!!」

私は必死にもがき、暴れ、離脱した。

「うわっ、どうしたんだ突然。危ないじゃないか」

危ないもへったくれもない。私は何処にいた?

…………。

答え:三太夫の背中の上。

な、なななな何でおんぶされてるの!?

「な、なななな何でおんぶしてんの!?」

「そりゃ、叶さんが寝ちゃうからじゃないか」

う゛……。確かにそりゃそうだが、妙齢の女を、寝ちゃったから。の一言でおんぶするか!? 普通。

「僕に普通を当てはめて貰いたくないね」

ちょ、何ちょっとかっこつけて言ってんの!?

「いやぁ、気分的に」

気分かよ! って、何で私の心の声を!?

「いや、口に出てたし」

ガビーン!!

とまぁ、こんな他愛もない問答の末、私は最重要なる質問を口に出す。

一応、私も女だ。いや、一応も何も生物学上私は女以外に分類されることはない。

故に、乙女チックな心配もあった。それがこの質問についてだ。こらそこ、笑うんじゃない。

「その―――重くなかった?」

女なら誰しもが気にするだろう問題について問う。……気にするよね? 気になるよね?

「重いどころか軽いぐらいだ」

妥当な反応だ。

まぁ、一般的に女性が体重を気にしていたらそう言うものだと思うが、デリカシーのないコイツにその程度の一般常識があるとは。

「―――それに、背中に胸が当たってなかなか……」

……やっぱりデリカシーなしは、デリカシーなしのまんまだった。

「やめぃ!」

思いっきり引っ叩く。スパンと良い音がした。

「あだっ。何するんだよぅ」

「天誅よ、私の胸を勝手に楽しんだ天・誅!」

「いや、不可抗力だし……」

「うるさい! 鬼畜! 変態! 痴漢! 色魔!」

三太夫の言い訳には耳を貸さず、ひとしきり罵倒の嵐をお見舞いしてやる。

「はぁ……はぁ……。他には何もやってないでしょうね」

「だから不可抗力で、僕は何もしてないって」

「……じゃ、許す」

後ろに振り向きながら言う。……多分、ちょっと顔赤くなってるから。

「あ」

そんな私の心中を知ってか知らずか(多分、知らない)。

三太夫はこう続けた。

「あとは、こう形の良いお尻が手にフィットして……」

「ばかーーー!!!」

とりあえずお腹にグーパンチ1発で許してあげた。寛大でしょ、私。……まぁ、1メートルくらい吹っ飛んでたけど。




これ以上蹂躙されるのも癪なので、三太夫と一緒に歩いて公園の近くまで戻る。

と同時に別れっぽい雰囲気が漂いだしてきた。

「こんなに楽しかったのは久しぶりよ」

「そうか、それはよかった」

事実、眠る前には色々と遊びまわった。

とても楽しかった。

三太夫は、今まで付き合ってきた3人のどれとも違う、偽物っぽい付き合い方をしなかった。

だから、とても楽しかった。

「これから、どうしよっか」

「そろそろ……か」

「ん? 何か言った?」

三太夫の小さな呟きを、私は聞き逃さなかった。

「いや、夜も遅いし、暗いし、寒いし。そろそろ帰ったほうが良いんじゃないかな〜と思って」

「……嫌よ」

三太夫のこの提案には、はっきり言って苛ついた。

「だって、パパも、ママも……誰もいないもの」

今年のクリスマスが辛い、その理由。

「二人とも、仕事で遅くなるんだってさ。全く、クリスマスだって言うのにのんびりできないなんて難儀よね」

このところ、二人とも帰りが遅かったり、帰ってこなかったりすることが多い。

両親は社内恋愛の末にゴールインした夫婦だったから、二人とも同じ会社で働いているのだ。

パパはママに理解があって、それ故にママが、会社を辞めたくない。って言ったときも笑顔でそれを許したそうな。

だからパパもママも尊敬してるし、大好きだ。仕事が大変なことだって分かってる。……けれど、やっぱり独りは辛い。

「それに、アンタどうするのよ。行き倒れでしょ? その辺で野垂れ死にされたら目覚め悪いし。
ウチで世話するわけにはいかないけど、食事くらいはご馳走してあげてもいいわよ。外食がいい? それとも私の手料理がいい? 私、結構料理得意なの。こーんな美少女の料理が食べられるのよ? 嬉しいでしょ」

「無理しなくていいよ」

三太夫は優しく、そう言った。

無理なんて……してない。

一人は嫌。独りは嫌。嫌、嫌なの。嫌いなの!!

「無理なんてしてないッ!!!」

三太夫は目を大きく見開いて、驚いてた。

「……ゴメン。怒鳴ったりして」

「さぁ、行こう?」

「ちょ、待ってよ三太夫。家には誰もいないのよ。帰りたくないのよ」

「いいから、帰ろう?」

「嫌だって言ってるでしょ!!」

しつこい三太夫に、私はキレた。

三太夫の手を払いのけ、にらみつける。

「何? 何でそんなに私を家に帰したがるの? 私といるのが嫌なの? 私が嫌いなの? 楽しくなかったの? 何で、何で、何で、何で―――!」

「いいから帰ろう!!」

一喝された。

口調は穏やかだけど、物凄い剣幕で、呑まれてしまう。

「う……ぐすっ……ひっく……う、うぅぅ……」

涙がこぼれてくる。

気圧されて。ううん、違う。三太夫に、私の全てを否定されたような気がして、涙がこぼれてきた。

もう、抵抗もしない。自発的に帰りもしない。ただ、泣きじゃくるだけ。

私は家までの数百メートルを、三太夫に引きずられるようにして歩いた。

嫌な気持ちで、陰鬱な気持ちで。

「ほら、顔を上げて」

「グズッ……。え……?」

無理矢理、三太夫に顔を上げさせられて―――私は驚いた。

私はポカンと口を開けていただろう。

目は見開かれ、まるで信じられないものでも見ているようにしていただろう。

「嘘……。どうして」

その家には、煌々と明かりが灯っていた。

闇の静寂に包まれた寒空の下で、力強く。そして優しく。

間違いなく明かりが灯っていた。

「ほら、急いで急いで!」

「うんっ……!」

気が付けば、走り出していた。

家までの数メートルがもどかしく、門を開くのがまどろっこしい。

それほどまでに急いていた。

「パパ!! ママ!!」

そう叫びながら扉を開け放つと―――。

「「メリークリスマス!!」」

クラッカーの炸裂音と共に聞こえる楽しげな声。

そこには、紛れもないパパとママの姿が。

「何で……どうして……」

驚愕して立ちすくんでいる私に、パパは頭をかきながら説明してくれる。

「商談となると散々渋ってくる先方が、今回に限っては突然、即断即決してくれたお陰で思ったより早く仕事が片付いてね」

「どうせなら叶を驚かしたほうが面白いかなー、なんてお母さんがパパにわがまま言っちゃったから。ゴメンね、驚かして」

全く、意地の悪い話だ。ママは何と言うおちゃめさんなのだろう。

「……もぉ、パパ。なにをどうしたらほっぺたにホイップクリームがつくのよ?」

ケーキ作りでもしていたのか、パパのほっぺたにはホイップクリームがくっついていた。

「あらあら大変。きれいにしなくっちゃね」

パパのほっぺたのホイップクリームを、ママが艶かしく舐めとる。

「おいおい香織かおり、やめてくれよ。恥ずかしいじゃないか」

「んふふ、孝治こうじさん。いつものことじゃない」

毎度思うが、バカップルだ。見ていて恥ずかしくなる。……羨ましくも思うけど。

「パパ、ママ、だ〜いすきっ!!」

楽しいクリスマスパーティの、始まりだ。





「き〜よし〜こ〜の夜〜♪」

「じんぐるべ〜る、じんぐるべ〜る、すっずっが〜なるぅ〜♪」

宴もたけなわ。

敢えて暗くした部屋で、クリスマスケーキのロウソクに火を灯して、パパとママは思い思いの歌を歌っている。

双方のリサイタルがようやく終わって、やっとロウソクが吹き消される。

切り分けられたケーキを口に含み、私は幸せに浸っていた。

今日は、本当に良い日だった。

クリスマスは家族で過ごせたし、昼間には……。

……? 昼間にはどうしたのだっけ。

確かに今、私はとても幸せだ。満足している。だが、何か足りない気がする。

私が幸せなことに間違いはない。今この時間がとても楽しいものだと言うことにも間違いは一切ない。

だが、それではつじつまが合わない。

今日この日・・・・・が良い日だった理由にはならないからだ。

今が楽しいと言うだけなら、今日のクリスマスパーティは楽しかった。で終わりの筈だ。

今日と言う日が全体的に楽しかったと言う理由にはならない筈だ。

何かが抜けている。重大な何かが。

どうしたのだろう。思い出せない。全く、何も。

私は昼間、何をしていた?

何処にいた?

―――誰と、一緒にいた?

何か……何かが心の奥底から叫んでいる気がする。

早く気付けと騒ぎ立てている。そんな気がしてならない。

何? 何なの?

今日は公園に行って、予期せず誰かと出会った筈だ。

……誰だっけ。小学校時代の友達? いや違う。

中学校時代のクラスメイト? いや違う。

何だ? 何なんだ?

確か、とても笑った。面白くて、可笑しくて。

特徴的な、名前。

私の笑いのツボをついた、奇特な、名前。

「さん……だ……ゆう?」

その言葉を口にした瞬間、全てのピースがピタリとはまった。

欠けていた記憶が、全て蘇った。

脳裏によぎったのは、はねっ毛の少年の笑顔。

あったかいえがお。

「うん? どうした叶」

「どうしたの、叶ちゃん?」

突如、椅子から立ち上がった私にただならぬものを感じてか、パパとママが声をかけてくる。

だが、今だけは。

「ごめん―――パパ、ママ。私……用事を思い出しちゃった」

―――パパとママにかまっている暇はない……!!

それだけ告げて、大急ぎで玄関へ向かう。

洋服かけに引っ掛けてあったダッフルコートとマフラーを引ったくり、冬の闇夜に突撃する。

外には雪が降っている。いつの間に降り出したのだろう。だが、こんなことで躊躇っている場合ではない。行かなければ!

背後で両親が何か言っていたようだったが、私の耳には何も入らない。

私は走る。無我夢中で。他の何にもかまっている暇などない。

走りながら、手に持ったダッフルコートとマフラーを羽織ろうとするも、焦りのせいか、走りながらだから困難なのか、なかなか着れない。

羽織る時間すら惜しい。そんな気持ちもあったが、何とか私はダッフルコートとマフラーを身につけ、更に走る。

三太夫を探し、聖なる前夜の街を迷走する。

何処? 何処、何処―――!

焦りばかりが大きくなっていく。肥大していく。

私は一度、立ち止まることにした。

冷静に、こんな時こそ冷静になるべきだ。

記憶の糸をたぐる。彼が居そうな場所を、必死で思い出す。

公演? 違う、講演……でもない。後援、好演、高遠……こうえん!!

公園―――!!

私と彼が最初に出会った寂れた公園。

三太夫はそこにいると、そんな気がした。

走る。全ての力を込めて。

足が千切れようと、心臓が破裂しようと、かまうものか。

私は走りきってやる!





「ハァ……ッ! ハァ……ッ! み、見つけたわよ!!」

「叶さん……!? 何故!」

予想通り、三太夫は寂れた公園に一人で突っ立っていた。

「ハァ……ッ! ハァ……ハァ……はぁ……。全く、何処に行ってたのよ。町中を駆けずり回って探したじゃない!」

酷く驚く三太夫を尻目に、私は何食わぬ顔で言ってやった。

「命の恩人に、お別れの挨拶もなしだって言うの?」

「そんな馬鹿な……記憶は確かに……」

やはり、か。

「やっぱり、私がアンタを思い出せなかったのは、アンタが意図的に私に何かしたからだったのね。確かに、ただならぬものは感じてたわ。ずっと」

再び見つけ出した三太夫は、真っ赤な装束に身を包んでいた。

「その格好、なに?」

言いながらも、私には彼の正体が分かっていた。

どおりで最初に名前を聞いた時、どもった筈だ。

だって黒須三太夫って……偽名だものね。

「バレたか。なら仕方ない。……僕こそ正真正銘の、サンタ・クロースだよ」

「やっぱり、ね」

そう。黒須三太夫は偽名。多分、クロース=黒須(くろす)。サンタ=三太(さんた)≒三太夫(さんだゆう)。と言うことだろう。全く、何と安直な名前だろうか。

「パパとママの仕事が、突然切り上がったのも、アンタの仕業ね?」

「ちょっとした、クリスマスプレゼントだよ。命の恩人である貴女にね」

するすると、絡まった謎の糸が解けていく。

全ては明らかとなった。

もしあの時、私が彼に声をかけなかったら。

私は最悪のクリスマスを過ごしていた。

あの時声をかけたことが、全ての運命を変えた。

「叶さん、お願いはあるかい?」

三太夫……いや、サンタ・クロースがそう言った。 

「サンドイッチとカフェオレのお礼の他にもう一回。今年のクリスマスプレゼントの分が、まだ残ってる」

にこやかに微笑みながら。

「さぁ、願いを叶えよう。……お願いを、言ってごらん?」

「わ……私の……」

私のお願いは。

「お願いは―――!」

私の願いは、ただ一つ。

「私とお付き合いしてくださいッ!!」

貴方と、一緒にいること。

「うん、分かった」

驚くくらいの、即答。

「ぇ……それじゃあ……!?」

「叶さん。貴女の願い、確かに聞き届けたよ」

それから彼は、懐から出した金色のホイッスルを吹いた。

何だか、不思議な音がした。

それと同時に、何か、シャンシャンシャンシャンシャン……と言う、別の音も。

「上、上」

サンタ・クロースに言われるがまま、空を見ると、何かが見えた。

あれは、サンタ・クロースの乗り物!?

それはソリだった。トナカイに牽引されたソリ。

しかも赤鼻。あの歌はここまで本当だったのか。

「んだテメェ……連絡すんのがおせぇぞコラ」

「うん、ゴメン。ルドルフ」

「ったく、いっつもぽけ〜っとしやがってよ。こんなんが俺様の主人たぁ、世も末だ」

あの歌は赤鼻のトナカイ(ルドルフ)がここまで口の悪い奴だなんて歌ってなかった。

……軽く夢を壊された気分だ。

「さ、叶さん。乗って」

「え?」

乗れるのだろうか。私も、この天駆けるソリに。これがサンタを彼氏にした特典か?!

「ってオイ。一般人を乗せるのはまずいんじゃなかったのかよ」

「問題ないだろ。だって未来のサンタ夫人だし」

「ふ、夫人って……!」

カーッと頭に血が上る。多分、真っ赤になってるよ私。

「ははは、かなり気が早かったかな。……さぁ、しっかりつかまって。飛ぶよ」

私を乗せたソリは、螺旋を描きながら天空を駆け上る。

「うわぁ……すご」

感嘆せざるを得ない程、凄い。

街の夜景が一人。いや、二人占めだ。

興奮しきりの私と対照的に、サンタ・クロースは冷静に仕事をこなしていた。

袋の中からプレゼントの箱を出して、何か空飛ぶ光る存在に手渡す。それが即ちプレゼントを配るということらしい。

「驚いた? サンタは妖精を使役して、プレゼントを配るんだ。まぁ、自力で配ったりする方法もあるけど、僕は初代サンタクロースと同じで、妖精と友達になる才能があったから、こうしてプレゼントを配ってるんだ」

「初代って……じゃあ今は何代目になるの?」

「さぁ、何代目だろう。僕にも詳しいことは分からない。ただ、面白いサンタの話なら知ってるよ」

「何々? 教えて」

「マッチョで、メカ・トナカイを使ってるんだ。で、サングラス愛用。そして物凄く強い。噂では人類最強らしいよ」

「な……何それ。本当にサンタなの?」

「うん。これは確かな話。しかも、日本で活動してるサンタ。まぁ去年で引退しちゃったらしいけれど、威圧的な肉体と声の割にかなりおちゃめらしくって、去年どこかの町で高校生とゲームで争ったって話」

「へ、へぇ〜。引退って、今は何してるの?」

「今はベガスで楽しく遊んで暮らしているらしいよ」

「死んだわけじゃないの!?」

「勝手に殺さないであげてよ。まぁ、サンタだって色々と気苦労があるし、定年後の楽しみくらいはあげないとね」

「へ、へぇ〜。意外と日本社会と変わらないのね」

そんなこんなで全く他愛のない話をしながら、私達のセカンドデートはサンタ・クロースのプレゼント配り終了と共に幕を閉じた。

思えば、家族でクリスマスを過ごせたこととか、大空から街の夜景を二人占めにしたこととか。全てが一夜の夢だったような気が、空の彼方へ去っていくソリを見つめていて、していた。

けれど、夢じゃない。これは夢なんかじゃない。

だって私の隣には―――三太夫が居てくれるから。




Fin

 

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