〜貴方と私と桜と本と〜
この町で、一番の大桜。その下が私のお気に入り。
その大桜の下には、舞い散る桜で春の絨毯が出来上がる。
けれど、その桜はそこそこに険しい山の、鬱蒼と生い茂る林の奥地に咲いていて、その存在は地元の極少数の人間にしか知られていない。
そしてその地元の極少数の人間でさえも、滅多にその山に立ち入り、大桜の元へと行こうとはしない。だから、私のお気に入り。
誰にも踏み荒らされること無くまっさらな、春の絨毯の上に寝そべる。
それは春の初めにだけ許された、とてつもない贅沢のように思えてならない。
だから私は今年も大桜の場所へと行った。
そこそこに険しい山の、鬱蒼と生い茂る林の奥地へと向かって。
林の合間を縫って奥へ奥へ。
小川から途切れ途切れに顔を出している石を踏み越えて。
そして最後に、土の斜面を駆け上がる。
すると視界がパッと開けて、桜吹雪の舞い散る大桜に辿り着く。
今年も満開。去年と変わらず、綺麗な花を咲かせていた。
けれど、去年と違うものがあった。いや、居た。
それは一人の少年で。
大桜の幹に抱かれながら一冊の本を読んでいて。
その彼はひどく悲しい目をしていて。
―――でも、それが私の興味を引いた。
「何してるの?」
私が訪ねると、彼はびくりと震えた。けれど、すぐに平静を装うように答えた。
「見て分からない? 読書だよ」
「じゃあ何を読んでいるの?」
私が食い下がると、彼は鬱陶しそうに答えた。
「名も無き本さ」
「何で名前が無いの?」
「僕が書いたからさ」
「名前は付けないの?」
「いい名前が思いつかないんだ」
そこまで言って、彼はハッとした。
言わなくて良いようなことまでも喋ってしまったと言う風に。
急いで口をつぐむ。その動きが小動物チックで可愛かった。
「ねぇ。私にその本……読ませてくれない?」
彼は逡巡した。その本を他者に読ませるべきか、ひどく迷っているようだった。
だが、何度目かに私の顔と本を見比べて、無言でその本を差し出した。
私は軽く会釈して、彼とは反対側の幹に身を委ね、桜のシャワーを浴びながら、名も無き本を読み始めた。
それは不思議な世界で。
虚構と現実が入り混じった世界の中に、私はぐいぐい惹かれていった。
読み終わった夕暮れ時。
私は彼に本の名前を告げた。
読み終わったときの思い付きだったのに、彼はひどく驚いていた。
そして彼は微笑んで、まっさらな本の表表紙に、私の告げた本の名を、魂を込めるかのように刻んでいった。
私が見つけた本の名前。
彼が創った本の世界。
彼はおもむろに立ち上がり、別れを惜しみ去っていく。
一つの約束を遺して去っていく。
新作を創り、来年の春、またこの場所で出会うと言う約束を―――。
そして私は春を待つ。
大桜が花開く時を。
彼と再び出会えることを。
新たな本に名付けられることを。
貴方と共に、物語を紡げることを。
……貴方と私の物語。
名も無き一つの物語―――。
───────────────────── Fin
「はいっ、鳴織晴歌ですっ」
「廻璃水々です」
「登場のたびに名乗ってるのは図々しくも目立ちたいからですっ」
「いきなりのカミングアウトだな、おい」
「兎も角っ。三者三色の一周年記念作品はいかがでしたか?」
「一応は頑張ったみたいですが、あまり褒めすぎると調子に乗るんで、たまにはキツく言ってやってください」
「ではではっ」
「「また、縁が合ったら会いましょう〜〜!!」」
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「あ、四月一日過ぎたねっ」
「というわけで、四月莫迦ネタページをこっちに置いときます」
「見れなかった人への配慮だねっ」
「僅かな配慮、な?」
「来年もきっとあるから、楽しみにしててねっ」
「去年こう言ってたんだから今年もやれよな、っていう苦情は綺麗さっぱり流させてもらいますのであしからず」